2012年6月2日土曜日

ランダムと一様あるいはミクロとマクロ

遠い記憶を求めてシークエンス。mixi拙日記2010.07.09コピペ。『感性の起源』(都甲潔著)より (注:太字はghotiによる、ただし、見出しは除く)

エントロピー増大の法則

P61 第2章で述べた通り、エントロピーとはランダムさを表す目安のことである。ランダムなほどエントロピーは高いといえる。これを理解するには、「覆水盆に返らず」という中国の諺が重宝する。この諺は、中国古代周王朝を守り立てた功臣にまつわる故事に由来する。

読書や川での釣りばかりしてり男の妻が愛想をつかしていったん去った後、夫が出世したことを知り、復縁を迫った。しかし、夫は静かに庭先に盆の水 をこぼし、「この水をすくって、もとの盆に戻してみよ」と、とうてい不可能なことを言った。妻に「済んだことは元に戻せない」と諭したのである。

この賢い夫は、周の文王の太公(祖父の意)が待ち望んだ人物ということで、太公望と呼ばれた。

この太公望の言葉は、熱力学におけるエントロピー増大の法則に他ならない。自然は、放っておくと、エントロピーの高い状態、つまりランダムな状態、巨視的に見て一様である状態へと移っていき、元には戻れない。

小さい容器に入っているより、地面に浸み込んで広がったほうがエントロピーは高いのである。太公望が、エントロピー増大の法則という物理学の大法則を知っていたはずはないが、経験的には私たちも合点いくことである。

ランダムと一様との関係をもう少し詳しく説明しよう。ランダムとは微視的に見て、という意味であり、一様とは巨視的に見て、という意味である。つまり、私たちが目にする現象は一般に巨視的な現象であるが、それは非常に多くの要素(原子、分子、化合物)からなっている。その要素は熱により常に、わずかではあるが、ゆらいでいる。

そのゆらぎ方がランダムなのである。このランダムなゆらぎは、目では見えない微視的な事象であるが、非常に短い時間で動きを何度も繰り返し、か つ、たくさんの要素があるので、多くの要素全体では空間を埋め尽くす方向へ進み、その全体としての様子を目で見ることができる。これが拡散であり、系は一 様な状態へと向かうのである。

その結果、エントロピー増大の法則とは、自然界が巨視的に見て一様に進むことを主張する法則ということになる。先のゾウリムシはランダムに行動することで、生活空間をできるだけあまねく、広く一様に探ることでエサにありつこうとしていたのだ。

赤インクをコップの水に一滴たらしてみよう。たらした点からインクがゆっくりと水中に広がる。拡散である。最初は赤色の濃淡の勾配がコップに形成 される。そして十分な時間がたつと、コップいっぱい一様に薄い赤になる。赤インクがコップの水全体に行き渡った結果の平衡状態である。

拡散の原因、それはエントロピー増大のためである。赤インクが、そのたらした一点にとどまり、色の形を作ることは許されないのだ。自然は一様化を迫る。

さらにもう一つの例を挙げよう。ゴムを引っ張るとゴムは縮もうとする。なぜだろうか。これもエントロピー増大の法則で理解できる。ゴムは一般に分 子がたくさん結合した高分子である。ゴムが縮んだ状態と、伸びきった状態を考えて見よう。縮んだ状態はいくらでもあり得る。どんな形でもあり得る。しか し、伸びきった状態はただ一つしかない。

P64 これは、何を意味するのか。縮んだ状態はくちゃくちゃとランダムで、伸びきった状態は秩序を保っている。言葉を換えると、縮んだ状態の方が高いエントロピーをもつ。それゆえ、ゴムは縮もうとするのだ。

自然は一様化の方向へ進むのか

自然はエントロピー増大の法則に従う。そうすると、形ある状態がが自分で勝手にできるのはおかしいということになる。エントロピー増大、つまり、 ランダムさが増すだけである。一様な状態へと向かうのみである。エントロピー増大、つまり、自己組織化は、エントロピー増大の法則に矛盾しているのであろ うか。

まず、エントロピー増大の法則は、閉じた系にのみ適応されることに注意したい。閉じた系とは、外部とエネルギーや物質のやり取りががないという意味である。つまり、外部から何も入ってくるものがないときだけ、使える法則なのである。

それゆえ、この法則は非平衡系では使えないことがわかる。生命はエントロピー増大の法則に従う必要はない。それでは外部から閉ざされた平衡系だと どうなるだろうか。先に紹介した脂質ニ分子膜やシャボン玉の膜の形成、雪の結晶形成がそれに該当する。実は、エントロピー増大の法則をもう少し詳しくいう と、この法則は系を構成する要素が相互作用しない理想系の場合を述べている。つまり、互いに相互作用しない要素の集まりについての法則だ。

ところが、脂質ニ分子膜では、脂質の疎水鎖が水分子をはじき、ファン・デル・ワールス力という弱い引力で脂質(石鹸)分子同士が引き合う。一様に散らばろうとはせず、集まろうとするのである。これはエントロピー増加とは逆の方向である。

この事実がからわかるように、要素が互いに相互作用し合う系では、要素間の力(つまり内部エネルギー)とエントロピーのかね合いで、系の状態が決まる。熱力学の言葉では、内部エネルギーとエントロピーからなる自由エネルギーが、系の状態を決める。

構造化と一様化

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