2022年3月8日火曜日

偏愛メモ 世紀末ヨーロッパの諸相 『反哲学入門』(木田元)P167より

eternityより移行
『反哲学入門』(木田元)P166-170

世紀末ヨーロッパの諸相

P169 ニュートン力学が、誰でも手軽に使えるようになった形でマニュアル化されて普及したのは意外に後になってからのことで、19世紀も半ばになってからです。それ以前は、知識人はともかく、普通に生活している民衆には、世界に神の摂理のほかの因果関係があるということを学ぶ機会はあまりありませんでした。19世紀半ばになると、ニュートン力学を中軸とする科学的な自然観や世界観が普及し、空間はすべて統一的な点の集合である、とあ、宇宙はすべて統一的な等質的時間に支配されている、というような時間観念や世界観が一般市民のあいだにも広がってきます。

折しも1851年にはロンドンで第1回万国博覧会が開催されて、鉄骨とガラスだけでつくられたP170広大な水晶宮を舞台に産業革命の粋を集めた技術の成果が展示され、観衆を圧倒します。これが自然科学的世界観の普及を促したことは言うまでもありません。

ドフトエフスキー(1821-81)などは、万博会場となった水晶宮の噂を聞き、そこに科学と技術がすべてを決定する未来社会の姿を見て、危機感をいだきます。『地下生活者の手記』(相互参照tw)の、「不可能とは-つまり石の壁のことである。石の壁だって?そうさ、もちろん、自然の法則、自然科学の結論、数学といったたぐいのもののことである。/実はもともと人間に意志だとか気まぐれというものはなく、今までにもかつてあったためしがないのだから、そうなれば人間自体はピアノの鍵盤やオルガンの釘みたいなものにすぎなくなってしまう」という一節は、当時の気分を端的に表したものでしょう。

芸術は暗い物陰で長い発酵の期間を終えて初めて花開くようなものだとするならば、科学に照らし出されてすべてが素どおしになり、そうしたい物陰がまったくなくなってしまった明るい世界には、新しい芸術作品などの芽生えてくる余地がない。こうした予感は、ボードレール(1821-67)の『悪の華』など、いわゆる世紀末芸術に共通する認識でした。真昼の太陽がすべてのものを照らし出すような明るい技術社会、技術文明が花開くだろうけれども、それは芸術にとっては大変な危機です。

ニーチェも同じ危機感を共有していました。ガス灯は普及してきて、日常生活のなかでも真の暗闇が次第に失われてゆく時代でした。等質的な今の継起という物理学的時間概念に反撥して、作家たちによって異常な時間体験がしきりに語られるようになるのも、このころです。

ヘルムホルツ一派などは、P171生命をはじめとするすべての自然現象を、物理、化学の力によって解明してみせる、という力学万能の立場を主張していました。ニーチェとマッハは、このような科学的な世界観への危機感から出発し、その思想を形成した人たちです。これは、19世紀末の芸術家たちが感じ表現した危機感と、共通するものでした。

ニーチェは「実存主義者」ではない
ニーチェという人は、高等学校の倫理の教科書などでは、「実存主義」の哲学というジャンルに分類されているのではないでしょうか。キルケゴールなどとお仲間で、カントやヘーゲルのような厳密な哲学者とは違って、あまり哲学の伝統にはこだわらず、自分自身との対話のなかで物を考えた人。これが大雑把な実存主義の定義みたいなものでしょう。ハイデガーやヤスパース(1883-1969)もそうした実存主義として名前が出てきます。

これは全くの誤解です。ニーチェは古典文献学者としてその学問的経歴をはじめた人で、大学を卒業するやいなやスイスのバーゼルの大学に24歳という異例の若さで助教授に招聘された秀才でした。古典文献学というのは、ギリシャ・ローマの古典を原点で読むことが哲学研究のもっとも基本的な修業だとするならば、ニーチェはもっとも正統的な教育を受けた人であり、西洋哲学の伝統と真正面から取り組んだ人ということになるでしょう。

日本ではニーチェは、あの『ツァラトストゥストラはかく語りき』の独特な思想詩的文体や、中期のP172著作のアフォリズム集的な構成のために、文学的で、抽象的思索や体系的失策を嫌った「詩人哲学者」と見られてきました。しかし、これも誤解で、彼は古代ギリシャ以来の西洋哲学の伝統と十分に成熟した関係を結んでおり、その上でこの伝統と対決しようとしているのです。

それに、彼はいわゆる「抽象的思索」も決して嫌ってはいません。健康状態の良いときは、自分にとって抽象的思索は祝祭であり陶酔であると言っています。確かに彼は、自分のことを『詩人哲学者』と呼ぶこともありますが、普通考えられているような意味ではなさそうです。

『悲劇の誕生』とショウペンハウアー(相互参照)

ニーチェの最初の研究テーマは、ギリシャ悲劇の成立史でした。バーゼル時代に公刊した『悲劇の誕生』(1872)がその成果ですが、そこで彼は「ディオニュソス的なもの」と「アポロン的なもの」という二つの原理を立て、それらがみごとに結びついたときに「悲劇」という芸術様式成立したことを解き明かしました。

しかし、この二つの概念は明らかにショーペンハウアーの『意志と表象としての世界』(1819)の影響下に生まれたもので、「ディオニュソス的なもの」はショーペンハウアーの「意志としての世界」の、「アポロン的なもの」は「表象としての世界」の捉え直しです。

ところで、ショーペンハウアーのこの本は、実はカント哲学を、ドイツ観念論の哲学者たちとは違った方向で解釈しようとしたもので、「意志としての世界」はカントの「物自体の世界」の、「表象としての世界」はカントの「現象界」の捉え直しだったのです。

P173そして、さらにカントは、現象界の因果関係に拘束されず物自体の世界で自由に行為することのできる「意志」と、その現象界に関わる「表象」という理性の二つの能力を、ライプニッツが「単子」の二つの根本特性と見た「意欲」と「表象」から受け継いでいるのです。

ドイツ形而上学の系譜
つまり、ライプニッツ-カント-ショーペンハウアー-ニーチェとつらなる思想の系譜があり、しかもここでは「意欲・意志」の方が「表象・認識」の能力よりも根源的なものだと見られています。ハイデガーはこの思想での系譜を「ドイツ形而上学」の系譜と呼び、いっけんこの系譜とは無縁に見えるシェリングやヘーゲルらドイツ観念論の哲学者も、ある意味でここに数え入れられることができると考えているようです。

たとえばシェリングは、『人間的自由の本質』(1809)で「究極最高の法廷においては、意欲以外にいかなる存在もない。意欲こそが根源的存在なのだ」と言っていますし、ヘーゲルも『精神現象学』で、存在の本質は知であり、その知は根源的には意欲と同じものだ(関連)とみなしているからです。

もっとも、「意志」と言うと、われわれはなにかを決意するときに働くようなかなり高級な能力を思い浮かべますが、ドイツ語の「意志(ウイレ)」「意欲(ウオレン)」はむしろ「生命衝動」とでも言った方がいいようなものなのです。つまり、弱肉強食の世界でただ生きようとする、どこにゆくのかまったく分からない無方向な生命衝動のようなものが考えられているのです。

そうしたものの方が表象したり認識したりする知的能力よりも根源的だと見る伝統がドイツ思想にはあるということなのでしょう。ニーチェも明らかにそうした伝統のなかでものを考えはじめたのです。

P174/ 176/ 178

P186
ニーチェはなぜ価値転倒を企てたのか(tw)
それにしても、どうしてニーチェはこれほど壮大な視野に立ってヨーロッパの歴史を概観することができたのでしょうか。わたしには、昔からそれが不思議でなりませんでした。

中世を視座にして近代ヨーロッパ文化を批判するとか、古典期のギリシア文化に視点を据えてローマ以降のキリスト教文化を批判するといった例ならありそうですが、古代ギリシアの悲劇時代に足場を据えてギリシア古典期以降の西洋の文化形成の総体を批判し乗り越えようとする企ては、それまで例がなく、瞠目に値します。

ポスト・コロニアリズムとかオリエンタリズムといったことが普通に話題にされる今日ならともかく、十九世紀末のあの時代にこうした発想をするには、相応の心理的動機がなければなりません。

空中から鳩をとり出すように、無動機に思いつけることできなさそうです。いったいニーチェのなかのなにがそうした発想の動機として働いたのか、少し寄り道をすることになりますが、ここでそれを考えてみたいと思います。

一冊の偽書---『妹と私』(tw)
ニーチェのこの発想の動機についてわた、しが大きな示唆を得たのは、おかしな話ですが、一冊の偽書からでした。

P187それは、ニーチェが精神錯乱を起こしたあと、イェナの大学病院に入院中の小康期に書いた原稿の英訳というふれこみで、《My Sister and I》という表題を付けられ、一九五一年にニューヨークで出版された、まことに怪しげな本です(一九五六年に『陽に翔け昇る--妹と私--』十菱麟訳ニーチェ遺作刊行会発行として、邦訳も出されました)

長短さまざまな自伝的記述とアフォリズムから成っており、妹エリーザベトとの幼少期にはじまった近親相姦やルー・ザロメ、コジマ・ワーグナーとの情事の赤裸々な告白などもあって、読物としてだけでも実に面白いし、英訳を通して見てもある筆力が感じられて、あるいは?と思わせられます。

本文ニ六〇ページを越える堂々たる本です。

この原稿が廻りまわって、十八巻本の最初の英訳ニーチェ全集を刊行したイギリスのニーチェ学者オスカー・レヴィの手に入り、彼の手で英訳され、「序文」を付されたということになっていますが、なにしろ刊行したのが悪名高いニューヨークの出版業者サミュエル・ロスですから油断はできません。

この男には、イギリスで発禁になったジョイスの『ユリシーズ』や『フィネガンズ・ウェイク』を自分の雑誌に盗載したり、『ユリシーズ』の誤植だらけの初刊本を著者に無断で出版した前科があります。

しかも、同様に悪評の高いアンソニー・コムストックの創立したニューヨーク悪徳禁圧協会の会員に押しかけられ、ニーチェの直筆原稿は焼かれ、英訳原稿だけ残ったというのですから、ますます信用なりません。

おまけに、一九六五年になってから、プリンストン大学のニーチェ研究家ワルター・カウフマンのもとに、

P188デイヴィッド・ジョージ・プロトキンという贋作の専門家が、ロスに頼まれて自分がこの本を偽作したと名乗り出たといいます。

はたして贋作者がこのプロトキンかどうかはともかく、この『妹と私』が偽書であることに間違いはなさそうです。

インセスト・タブー
しかし、『妹と私』という標題からもうかがえるように、この偽書はニーチェと妹エリーザベトの近親相姦を主題にしているのですが、これはわたしには偽作者の炯眼だったように思われます。インセストという係数を入れると、ニーチェの発想の謎が解けるように思われるからです。

いや、この兄妹のあいだにそうした関係があったと主張したいのではありません。ただ、二人のあいだで交わされた手紙を見ても、妹の書いた兄の伝記を見ても、兄の恋人たちに対する妹の烈しい嫉妬を見ても、この兄妹が異常なほど親密な感情で結ばれていたことは確かであり、いつごろかはともかく、ニーチェのうちでもそれに近い心の動きが起こったであろうことは認めてよいと思います。

もしそうだとすると、すぐにも、インセストのなにが悪いのか、むしろインセストをタブーにしてきた文化の方がおましいのではないか、古代のエジプトやペルシャのようにインセストをタブー視しない文化はいくらもあったじゃないか(これは事実ではないようですが)、といった疑問が頭をもたげてきて、インセストをタブーにする文化を総体として否定するような視点に立つこともできそうに思います。

ニーチェは一度だけ『悲劇の誕生』の第九章で、インセストにふれて、「太古の、殊にペルシアの俗信に、賢明な魔術師は近親相姦からしか生まれえないというものがある」と言っています。

私は、インセスト・タブーに対するこうした反撥が心理的動機として働いて、ニーチェは西洋の文化形成の総体を批判的に見るような壮大な歴史的視野を開きえたのではないかと思っています。

価値とは何か(『梨泰院クラス』ニーチェ場面集参照)
哲学的主著として計画された「力への意志」の第三巻「新たな価値定立の原理」においてニーチェは、「力への意志」と呼ばれる新たな生の概念をそうした原理として立て、それにもとづいて新たな価値体系の樹立を企てます。

(略)

関連
・「パタンとパトロン」『認識とパタン』(渡辺慧)より(eternity)
P10 日本語のパタンという言葉はもちろん英語では、どういう来歴の言葉でしょうか。英語でも、現在では、ほとんど日本語と同じように、非常に広い意味用いられておりますが、元来は、裁縫などでいう、型紙というほどの意味だったようです。そして、それはフランス語のパトロンとい言葉から来たということになっています。フランス語では、普通の意味でいう、いわゆるパトロンという意味と、型紙という意味と両方をいまでも一語で表しますが、英語になるとき、二つに分かれて、パトロンという英語と、パタンという英語になったというわけです。

P11 ところで、パトロンという観念が一つの言葉で表わされていたということは、興味のあることです。パトロンということは、主人とか、親方とかいう意味はもちろんのこと、守護者、守護神、守護聖人というような意味も含まれています。つまり、パトロンというのは、何かお手本になるものであって、我々が、従い、模倣し、追従するというような意味あいです。

そう考えれば、型紙、すなわちパタンも、一つのお手本であり、典型であって、我々が、それに倣って次のものを作るのでありますから、一つの言葉で表しても不思議ではありません。

ですからパタンという概念には、元来は主従関係の意味があったのですが、だんだん民主化?してきまして、中心とか主人とかいう意味は消えていきまして、それを倣った多数の実例の集団的な観念になったわけです。ですから、現在では、中心のあるなしに関係なく、一つの類似なものの集団ということが、パタンという概念の核心になりました。

ですから、現代的な意味でのパタンというのは、「ある集団(クラス)の一員としての個体」といっても、大して片手落ちではないでしょう。

P12 これは、少しまた脱線になりますが、ちょっと気がついたので書いておきますが、フランス語でレストランのパトロンといえば店の亭主ですが、英語でレストランのパトロンといえば店の顧客の意味になります。なぜでしょうか。

少しかしこまっていえば、封建的残滓と商業主義の違いだともいえましょうが、まあ、フランス語では、英語でボスというところをパトロンという習わしになっていますので、亭主をパトロンというのはあたりまえでしょう。一方、アメリカなどでは、金の出所が守護神だから、これをパトロンというのは無理ものないことでしょう。

パタンとは、さて、本題に戻りまして、パタンとは何かということを考えてみますのに、もっとも簡単にいえば、「これは何か」という問いに対する答えになるものはパタンだともいえましょう。それはそういう問いに対する答えとして、普通、類概念をもってくるからです。

「猫です」とか、「アルファベットのAです」とか、「短袖のボレロです」とかいう答えは、まさにその個体の属するクラスを指定していることになります。

P13 個体の属する類の名前がわからないときは、「これは何と何と何が、これこれこのように組み合わさってできたものです」と答えるのが自然でしょう。こういう種類の答えも結局、何か一つの集団(クラス)を指定していることになりますので我々のパタンの観念から外れるものではありませんが、このような答え方っは、パタン認識の技術語でいえば、構造分析的とか文法的とかいわれるもので、また、ずっと後でもう一回お話しする機会があると思います。

「パタン認識」というのは、要するに、個物のパタンを言いあてるということで、特にこれをコンピューターにやらせるときに用いる用語です。これは英語のpettern recognitionという言葉を翻訳したものです。では、フランス語では何というのでしょうか。語源から考えると、パトロンの認識といいそうですが、普通、reconnaissance de forme「形の認識」と申します。

ドイツ語でパタンに対応する言葉は、ムスターでありまして、それには、二つの用法があります。一つは模範という意味で、Mustersohnといえば、模範的な息子という意味ですし、一つは英語のパタンに近い意味で、Blumenmusterといえば花模様という意味になります。第一の意味は、パトロンという言葉の意味を考えたときに出てきた観念ですし、

P14 第二の意味は、日本語でも、英語でも、花模様という花のパタンというのと同じです。ところが面白いことには、ドイツ語では、ムスター認識という言葉も使いますが、主としてFormerkennen「形の認識」と申します。

仏、独の「形の認識」という言葉には、多少注釈を要します。「形」という日本語は、すでに、第一節でパタンという観念を考えたとき最初に用いた言葉で、それで話は通じます。しかし、英語の”form”、フランス語の"forme"、ドイツ語の”Form”という言葉は、少しインテリの耳には、単に、「形」という意味の上に、というか、その底にというか、もう少し深い連想があるのです。ドイツ人や、フランス人が、フォルムの認識という言葉を使っているときに、いつでも、そこまで考えているかどうかはわかりませんが、少し哲学などを勉強したフランス人か、ドイツ人ならば、少し考えてみるとそこに考え及ぶはずです。

と申しますのは、ほかでもありませんが、フランス語でも、ドイツ語でも、また英語でも、ギリシャ哲学でいうところの「形相」というものをこの名で呼んでいるからです。日本の哲学の先生は、このことをありがたくするために、「形相」だとか、イデアだとか申しますが、ヨーロッパの先生はふつう単に「形」と申します。フォルムの下に、パタンの下に「形相」という観念が、ひそんでいるといってもよいでしょう。

・「自然哲学の二つの伝統」『はじめて読む数学の歴史』より(eternity)
P42 ピュタゴラス学派の教義は「万物の始原は数である」というものですが、これはミレトス学派のテーゼとは性格を異にしています。ミレトス学派の自然学者たちが、もっぱら「世界は何から作られているか」を問題としたのに対し、ピュタゴラス学派の人々は「世界はどのように存在しているか」という存在様式、その構造を問題としたのであり、その解答が「万物の始原は数である」だったのです。

前述したアリストテレス哲学における対概念である「質料・形相」を用いれば、ミレトス学派は「質料の哲学」を、ピュタゴラス学派は「形相の哲学」を追求したと言ってもよいでしょう。ピュタゴラス学派における「形相」は「かたち(形)」とほぼ同義なものを意味したのであり、自然的事物のみならず、正義や性などの抽象的概念までもが幾何学的図形との類比において論じられたのです(注19)。

つまり、ピュタゴラス学派の教義が示唆しているように、彼らが問題とした「形相」はすぐれて数学的・幾何学的であり、世界は数学的秩序を内在している数学的自然観がギリシャ世界に初めて登場したということができます。

(注19)たとえば、正義には「4」、男には「3」、女には「2」、結婚には「5」あるいは「6」があてがわれていた。

・「ランダムと一様あるいはミクロとマクロ 」『感性の起源』(都甲潔著)より(eternity)
エントロピー増大の法則

P61 第2章で述べた通り、エントロピーとはランダムさを表す目安のことである。ランダムなほどエントロピーは高いといえる。これを理解するには、「覆水盆に返 らず」という中国の諺が重宝する。この諺は、中国古代周王朝を守り立てた功臣にまつわる故事に由来する。

読書や川での釣りばかりしている男の妻が愛想をつかしていったん去った後、夫が出世したことを知り、復縁を迫った。しかし、夫は静かに庭先に盆の水 をこぼし、「この水をすくって、もとの盆に戻してみよ」と、とうてい不可能なことを言った。妻に「済んだことは元に戻せない」と諭したのである。

この賢い夫は、周の文王の太公(祖父の意)が待ち望んだ人物ということで、太公望と呼ばれた。

この太公望の言葉は、熱力学におけるエントロピー増大の法則に他ならない。自然は、放っておくと、エントロピーの高い状態、つまりランダムな状 態、巨視的に見て一様である状態へと移っていき、元には戻れない。

小さい容器に入っているより、地面に浸み込んで広がったほうがエントロピーは高いのである。太公望が、エントロピー増大の法則という物理学の大法 則を知っていたはずはないが、経験的には私たちも合点いくことである。

ランダムと一様との関係をもう少し詳しく説明しよう。ランダムとは微視的に見て、という意味であり、一様とは巨視的に見て、という意味である。つ まり、私たちが目にする現象は一般に巨視的な現象であるが、それは非常に多くの要素(原子、分子、化合物)からなっている。その要素は熱により常に、わず かではあるが、ゆらいでいる。

そのゆらぎ方がランダムなのである。このランダムなゆらぎは、目では見えない微視的な事象であるが、非常に短い時間で動きを何度も繰り返し、か つ、たくさんの要素があるので、多くの要素全体では空間を埋め尽くす方向へ進み、その全体としての様子を目で見ることができる。これが拡散であり、系は一 様な状態へと向かうのである。

その結果、エントロピー増大の法則とは、自然界が巨視的に見て一様に進むことを主張する法則ということになる。先のゾウリムシはランダムに行動す ることで、生活空間をできるだけあまねく、広く一様に探ることでエサにありつこうとしていたのだ。

赤インクをコップの水に一滴たらしてみよう。たらした点からインクがゆっくりと水中に広がる。拡散である。最初は赤色の濃淡の勾配がコップに形成 される。そして十分な時間がたつと、コップいっぱい一様に薄い赤になる。赤インクがコップの水全体に行き渡った結果の平衡状態である。

拡散の原因、それはエントロピー増大のためである。赤インクが、そのたらした一点にとどまり、色の形を作ることは許されないのだ。自然は一様化を 迫る。

さらにもう一つの例を挙げよう。ゴムを引っ張るとゴムは縮もうとする。なぜだろうか。これもエントロピー増大の法則で理解できる。ゴムは一般に分 子がたくさん結合した高分子である。ゴムが縮んだ状態と、伸びきった状態を考えて見よう。縮んだ状態はいくらでもあり得る。どんな形でもあり得る。しか し、伸びきった状態はただ一つしかない。

P64 これは、何を意味するのか。縮んだ状態はくちゃくちゃとランダムで、伸びきった状態は秩序を保っている。言葉を換えると、縮んだ状態の方 が高いエントロピーをもつ。それゆえ、ゴムは縮もうとするのだ。

自然は一様化の方向へ進むのか

自然はエントロピー増大の法則に従う。そうすると、形ある状態がが自分で勝手にできるのはおかしいということになる。エントロピー増大、つまり、 ランダムさが増すだけである。一様な状態へと向かうのみである。エントロピー増大、つまり、自己組織化は、エントロピー増大の法則に矛盾しているのであろ うか。

まず、エントロピー増大の法則は、閉じた系にのみ適応されることに注意したい。閉じた系とは、外部とエネルギーや物質のやり取りががないという意 味である。つまり、外部から何も入ってくるものがないときだけ、使える法則なのである。

それゆえ、この法則は非平衡系では使えないことがわかる。生命はエントロピー増大の法則に従う必要はない。それでは外部から閉ざされた平衡系だと どうなるだろうか。先に紹介した脂質ニ分子膜やシャボン玉の膜の形成、雪の結晶形成がそれに該当する。実は、エントロピー増大の法則をもう少し詳しくいう と、この法則は系を構成する要素が相互作用しない理想系の場合を述べている。つまり、互いに相互作用しない要素の集まりについての法則だ。

ところが、脂質ニ分子膜では、脂質の疎水鎖が水分子をはじき、ファン・デル・ワールス力という弱い引力で脂質(石鹸)分子同士が引き合う。一様に 散らばろうとはせず、集まろうとするのである。これはエントロピー増加とは逆の方向である。

この事実がからわかるように、要素が互いに相互作用し合う系では、要素間の力(つまり内部エネルギー)とエントロピーのかね合いで、系の状態が決 まる。熱力学の言葉では、内部エネルギーとエントロピーからなる自由エネルギーが、系の状態を決める。

構造化と一様化

2016年6月21日火曜日

てるてる家族41話

元動画は「Teru Teru Kazoku Episode 41」で検索すると見つかります。

稲本栄子コーチ「春子さんには強力なライバルがいますでしょ。」
照子「先生が教えてはる福島美希さんと大きな呉服問屋のお嬢さんの大橋久美子さんいう選手のことですか?」

モデル
稲本栄子コーチ→稲田悦子氏?
春子さん→石田治子氏?
福島美希さん→福原美和氏?
大橋久美子さん→佐藤(旧姓大川)久美子氏?

2016年6月14日火曜日

労働者派遣法違反 芸能プロ社長ら逮捕 各紙見出しに見るAV是非のニュアンスの違い

今回の大手AVプロダクション元社長らの逮捕容疑。労働者派遣法違反(有害業務就労目的派遣)であって、AV出演強要に対するものではない。つまり、強制の有無にかかわりなく、AV出演させたら逮捕します。ということ?各新聞の見出しを比べた。

産経:大手AVプロダクション元社長ら逮捕 女性「出演強要された」 労働者派遣法違反容疑
毎日:労働者派遣法違反モデルAV出演容疑で芸能プロ元社長逮捕
朝日:女性をAVに出演させた疑い プロダクション社長逮捕
読売:所属モデル女性にAV出演強制…社長ら3人逮捕
日経:女性にAV出演強要か 芸能プロ社長ら違法派遣容疑で逮捕 

各紙見出しに見るAV是非のニュアンスの違い

 強制の文字を入れている、産経、読売、日経は、強制でなければ、AV出演はOK。
 強制の文字を入れていない、毎日、朝日は、強制の有無にかかわりなく、AV出演はNO。

を主張している?


産経新聞http://www.sankei.com/affairs/news/160612/afr1606120006-n1.html
2016.6.12 19:30
大手AVプロダクション元社長ら逮捕 女性「出演強要された」 労働者派遣法違反容疑
経営していた芸能事務所に所属していた女性を、実際の性行為を含むアダルトビデオ(AV)の撮影に派遣したとして、警視庁が11日、労働者派遣法違反容疑で、大手AVプロダクション「マークスジャパン」(東京都渋谷区)の40代の元社長ら同社の男3人を逮捕したことが、捜査関係者への取材で分かった。女性が「AV出演を強いられた」と警視庁に相談して発覚した。s
 労働者派遣法は実際の行為を含むAVへの出演を「公衆道徳上有害な業務」として規制している。捜査当局が同法を適用して強制捜査に踏み切るのは異例。
 逮捕容疑は平成25年9月ごろ、マークス社に所属する女性を、みだらな行為を含む撮影のためAVメーカーに派遣したとしている。複数の女性が類似の相談をしており、メーカー側も女性が嫌がっていることを知った上で撮影していたとみられる。
 警視庁はマークス社やグループの「ファイブプロモーション」(同)を家宅捜索。メーカーの「CA」(港区)、「ピエロ」(練馬区)も捜索した。
実際の行為の撮影は、同法をはじめ複数の法令に抵触する可能性があり、AVは演技を撮影することが前提とされている。業界関係者によると、過激な内容をうたう海外発のインターネット上の動画配信サイトが拡大していることなどから、既存の大手メーカーでも同様の撮影が横行しているという。警視庁は、業界内で違法な撮影が常態化していたとみて実態解明を進める。
 AVの撮影が労働者派遣法の有害業務にあたるかどうかについては、判例上、「撮影時の行為の内容で判断すべきだ」とされており、製品の内容とは関係がない。

毎日新聞)http://mainichi.jp/articles/20160613/dde/041/040/039000c
2016年6月13日 東京夕刊
労働者派遣法違反モデルAV出演容疑で芸能プロ元社長逮捕
アダルトビデオ(AV)に出演させるために所属モデルの女性を撮影現場に派遣したとして、警視庁保安課は13日、東京都渋谷区の芸能プロダクション「マークスジャパン」の元社長、村山典秀容疑者(49)=東京都世田谷区代沢3=ら3人を労働者派遣法違反容疑で逮捕したと発表した。同課は性行為を含むAVの出演は、同法が派遣を禁じる「公衆道徳上の有害な業務」に当たると判断した。
 逮捕容疑は2013年9月30日と10月1日、同社所属の20代の女性モデルをAV制作会社に派遣し、神奈川県内でAVの撮影をさせたとしている。
 同課によると、女性は「グラビアモデルの仕事ができる」と説明を受け同社と契約。契約書にはAVへの出演も記載されていたが、女性には十分な説明がなく、契約書のコピーも渡されなかった。女性がAVへの出演を拒否しようとすると、「違約金を払え」などと迫られ、AV作品に出演させられたという。【斎川瞳】
    朝日新聞)http://www.asahi.com/articles/ASJ6D351GJ6DUTIL00C.html
     2016年6月13日13時25分
     女性をAVに出演させた疑い プロダクション社長逮捕
    アダルトビデオ(AV)の撮影のために所属女優を派遣したのは違法だとして、警視庁は、芸能プロダクション「マークスジャパン」(東京都渋谷区)の元社長村山典秀容疑者(49)=世田谷区代沢3丁目=ら3人を、労働者派遣法違反(有害業務就労目的派遣)などの疑いで逮捕し、13日発表した。
     保安課によると、ほかに逮捕されたのは同社社長古指隆士容疑者(50)=世田谷区宮坂2丁目=と男性社員(34)。3人は2013年9月30日と10月1日の両日、同社に所属する20代の女性をAV制作会社に派遣し、公衆道徳上の有害業務にあたるAVに出演させた疑いがある。同課は3人の認否を明らかにしていない。
     女性は09年ごろ、「グラビアモデルの仕事ができる」と説明を受け、タレントとしてマークス社と契約。その後にAVに出演する契約書にも署名したが、同社に契約解除を求めても、「親に請求書を送る」などと解除に応じてもらえなかったという。
     女性から昨年12月に相談を受けていた警視庁は今年5月下旬、同社やAV制作会社を捜索。女性の相談内容などから、労働者派遣法が禁じる有害業務への派遣にあたると特定したという。
     国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ(HRN)は今年3月、AV出演をめぐる被害相談が3年ほどの間に72件寄せられたと発表。十分な説明なしにAVに出演する契約を結ばせ、断ろうとすると「違約金」を要求して出演を強要する事例が多いという。また、出演者が著作権などの権利を放棄する内容の契約が大半で、AVを制作するメーカーは自由に二次利用、三次利用ができ、販売が止められない構造になっていると指摘した。
    読売新聞)http://www.yomiuri.co.jp/national/20160612-OYT1T50014.html
    2016年06月12日 08時36分

    所属モデル女性にAV出演強制…社長ら3人逮捕

    所属モデルを強引にアダルトビデオ(AV)の撮影現場に派遣したとして、警視庁が11日、東京都渋谷区の芸能プロダクションの社長ら男3人を労働者派遣法違反容疑で逮捕したことが、捜査関係者への取材でわかった。同庁は、男らが内容を知らせないまま交わした契約書を悪用して出演を強要したとみて調べている。
     捜査関係者によると、社長らは2013年頃、所属していた当時20歳代の女性モデルを本人の意思に反して都内の撮影現場に派遣した疑い。女性との所属契約にはAV出演をほのめかす内容があったが、本人には契約書のコピーを渡さず、内容を知らせていなかった。女性が撮影を拒もうとすると、「違約金が発生する」などと迫り、出演させたという。
    日経新聞)http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG11H6P_R10C16A6CC1000/

    女性にAV出演強要か 芸能プロ社長ら違法派遣容疑で逮捕 

    2016/6/12 2:00
    20代の女性をアダルトビデオ(AV)の撮影現場に派遣したとして、警視庁は11日、芸能プロダクション「マークスジャパン」(東京・渋谷)の社長ら男3人を労働者派遣法違反(有害業務就労目的の派遣)容疑で逮捕した。
     捜査関係者が明らかにした。同庁は女性が意思に反する形でAVに出演させられていたとみて詳しい経緯を調べる。
     捜査関係者によると、逮捕されたのはマークス社の社長と元社長ら。3人は2013年、同社に所属する20代の女性をAV制作会社へ出演者として派遣し、神奈川県内の屋外で、有害業務に当たる性行為をさせた疑いが持たれている。
     女性は09年ごろ、所属していた別のプロダクションから「グラビアモデルの仕事ができる」などとしてマークス社を紹介され、移籍した。女性は当初AVに出るとは思っていなかったが、移籍後に同社がAV出演を承諾するよう迫り、契約書に強引に署名させられたという。
     女性は契約を解除しようとしたが同社は違約金を請求。「親に請求書を送る」などと言われて諦め、複数の作品に出演した。作品は一般に流通しているという。
     女性は弁護士の支援を受けて14年にマークス社側との契約を解除し、警視庁に被害を相談した。同庁はマークス社の関係先を家宅捜索し、出演作品の台本などを押収。性行為をさせられると知りながら、女性を撮影現場に派遣したと判断している。
     マークスジャパンのホームページによると、同社は「所属するグループ全体で500人以上と契約する大手モデル・AVプロダクション」としている。

      2015年6月13日土曜日

      一方を聞いて沙汰するな


      篤姫7話より 篤姫の母の言葉 

       一方を聞いて沙汰するな…どんな人の声にも万遍なく虚心に耳を傾けその人その人の身になってよくよく考えるのです。それでも思い迷うたら、考えるのを止めなさい。考えるのではなく感じるのです。自分を信じて感じるがままに任せるのです。

      2014年1月27日月曜日

      自由と拘束について-偏愛記録

      余りの自由に置かれると、拘泥せねばならぬ事象が過剰に増えてしまって、却って本当に表現したい内容が疎かになってしまう虞が生ずる。そこで音階という縛りを課すのである。【音楽は美しくあるべきか-創作田園地帯】リンクtw,tw)

      芸術が固有に備える制限によって、その想像が鈍ってしまうのではなく刺激される時、人は詩人となる。(ポール・ヴァレリー)【「制限」が創造性を高める理由 « WIRED.jpリンク

      型破りってのは型があるから言えるので、型が無ければ形無しだ。(中村勘三郎

      型があるからこそ自由になれるのです。『引き算の美学』【画像】リンク

      吾人は自由を欲して自由を得た。自由を得た結果、不自由を感じて困っている。(夏目漱石)

      ・芸術は拘束より生れ、闘争に生き、自由に死ぬのであります」(太宰治)リンク

      自由さの中でどれだけ自由に動けるかという可能性の広がりこそが面白いのであって、可能性が引き出される余地のない無制限さは、くだくだしてしまりがなく、飽きてしまう。 /『風の旅人』編集だより :自由についてリンク

      ・自由自在に動き回ると見える人ほど、体や思考を競技それぞれの拘束に順応させている。(小説の自由-保坂和志)リンク

      ある有名な映画監督がこんなことを言っていました。99%決められていて制約があったとしても、残り1%でどれだけ自分を表現するか。みたいな。-制約と自由リンク

      ・最も規律があるところに自由があり、最も自由なところに規律がある、という精神は、まさに英国の精神の骨頂だと思います。つまり、規律なき自由は、放縦であり、自由なき規律は専制だからです。【池田潔『自由と規律』(岩波新書)】リンク

      校則程度に潰されてしまふ底の脆弱なる「個性」なんぞは、とつとと潰れて無くなるが良いのである。【個性禮讚の風潮についてリンク

      ・ここで注意すべき点は・・・もっとも自由な職人でさえ、たとえ理想的な条件の下で働いているにしろ、仕事を強要されているのだという点です。芸術における創造性の契機を強調しすぎること、たとえば美の創造を、厳しく辛い艱苦や努力もいらず、技術のたゆまぬ習熟もいらない、ただひとつ情熱的で自発的な活動を長く続けることだと思いたがるのは、明らかにその人が素人で部外者であることを示す特徴の一つである。『現代文明を考える-芸術と技術』P73リンク

      2014年1月10日金曜日

      悪に関する舞ツイート偏愛記録

      2013年3月9日土曜日

      1985年の記憶

      遠い記憶を求めて。 拙mixi日記2008年09月20日コピペ。


      今週のビジネスウィークリーは、リーマン・ブラザーズの経営破たん、メリルリンチのバンク・オブ・アメリカへの身売り、AIGへの公的資金投入、政府の緊急対策と目まぐるしく動いた1週間を振り返る。そして次には何が待っているのか?ホリコキャピタルマネジメントの堀古英司氏は、「アメリカから世界への不況の輸出」と話す。http://jp.reuters.com/news/video?videoChannel=201&refresh=true 

      それはそれとして、○○さんに教えて貰った、松岡正剛の書評が面白かった!かんべえの不規則発言でおなじみの、吉崎達彦「1985年」(個人的には、ジョージ・オーウェル「1984」を下敷きにした1984スーパーボールでのマッキントッシュ広告を思い出すhttp://maccm.net/1980/macintosh.html)の書評。 

      1985といえば、私にとっては最悪の時期、己の精神に翻弄されて七転八倒、世間で何が起こっていたか、リアルタイムではほとんど記憶にない。そんななか、本を読み始めたものこの時期。「老子と現代物理学との対話」をはじめ、「タオ自然学」などのニューサイエンスもの、工作舎を通じて松岡正剛の名前と出逢ったのもこのころ。特に当時置かれた自分の立場と「負の思想」が合致して(とはいうものの当時はそういう視点では捉えていなかったのであるがww)大いに共感したものだった。「情報の歴史」は大事に取ってある。フォト 

      ま、そんな思い出に浸りながら、読んだ。自分史を振り返るのにもよい文章だった! 

      (2008年9月18日)『1985年』吉崎達彦 松岡正剛の千夜千冊・遊蕩篇 
      フォト フォト 

      1985年に対する評価は、正反対であるが、光と影どちらをクローズアップするかによって違ってくるのだろう。また、何を素材に選ぶかによって、出来上がってくる料理も風味もまた違ってくるのだろうなと、まあ、テキトウww 


      フォト フォト 
                                  (拡大)http://tinyurl.com/3tkblt 

      RAM 5MB以上、HardDisc最低3MB空きエリアが必要ってのがすごいっ!ww 

      【関連】alice - Macな生活 
      http://www.yossie.jp/mac_life/alice.html