2022年3月8日火曜日

偏愛メモ ロイヤル・スタイルとは何か

eternityより移行
英国ロイヤル・バレエ団の特徴として雑誌などではよく「演劇性の高い上品なロイヤル・スタイル」や、「優美で気品あふれるロイヤル・スタイル」などと言われることがある。これらのスタイルはどのようなものであり、またどのように形成されていったのかをここで分析していくことにする。

僕自身ロイヤル・スタイルというものは、振付家によって作られた作品を上演するにあたって、踊り手がどのようにしてその作品を物語っていくかを示す方法の一つだと思う。それによって、原作通りまたそれ以上のものとして演劇性の濃い舞台が創られると思う。

バレエというものには、茶道や華道のように様々な流派がある。ワガノワ派、レガット派、リファール派、チェケッティ派等たくさんあるが、これらの違いと いうのは使うバレエ用語の違いや、動きの(ムーヴメント)ニュアンスが微妙に異なったりしていることである。ロイヤル・バレエでは、このチェケッティ派に よるものである。

チェケッティ派は、エンリコ・チェケッティ(1850~1922) によってつくられたもので、力強い回転や跳躍を特徴とした踊りで知られ、イタリア・バレエの伝統を受け継いでいるものである。彼の教えを受けた生徒には、 ド・ヴァロワを含め、アンナ・パヴロワやニジンスキーなどがいる。現在ロイヤル・バレエの他に、アメリカのチェケッティ評議会や、イギリスのロイヤル・ア カデミー・オブ・ダンシングなどに受け継がれている。

ド・ヴァロワから直接指導を受けロイヤル・バレエをつくってきた振付家は、チェケッティ派を完全に受け継いでいると言えるだろう。力強い跳躍と回転は 『ラプソディ』や『真夏の夜の夢』の中で多用されている。中でも回転するパートは、男性、女性を問わず作品の中に取り入れられている。一方もう一人の振付家マクミランは、独自のスタイルを より多く取り入れているとも言えるものだが、回転と跳躍の代わりにクライマックスのパ・ド・ドゥでは、舞台のあちこちを駆け巡る激しいものだ。そして、感 情的な場面ではのんびりとした跳躍が使われている。マクミランは演劇性にとにかく重視している。そしてもう一つ、イギリス人紳士とレディーの性格を表すか のように気品が高く、上品に踊られるという三つの要素が混ざってロイヤル・スタイルが形成されている。実際ロイヤル・バレエで踊っているダンサー自信は、それをどう受け止めているのだろうか。。

アンケートやインタビューを行っていて、やはりバレエ学校のころから徹底的にステップの大切さを教えこまれているのがわかる。アシュトンは以前ビデオの 中のインタビューで「ただステップを踏むのではなく、そのステップを用いて何を物語るかが大切なんだ。」と、話している。アシュトンは体全体を使って表現 する方法を取るには、その動きを作り出す足、すなわちステップが大切だということを主張しているのだ。またマクミランについては、ステップも重視されるが それ以外の仕草を彼はもっと重視していると言えよう。

プリンシパル・ダンサーのダーシー・バッセルは「ジュリエットのリハーサルの時にケネス(マクミラン)は、十四歳のジュリエットがロミオに初めて会った その時から彼女の中に恋心が芽生え始めるが彼女自身そのことについて意識していない。しかし、物語が進むにつれ恋というものに気づき少女から女に変わって いく過程をどう表現していくかが難しい。それを表現できなければ彼の作品を物語ることはできない。」と、話している。アシュトンについては、「私は直接ア シュトンと仕事をする機会がなかったけれども、ケネスの作品より自分の意見を反映しやすいところは、彼自身ダンサーと一緒に作品を創っていったというのが その何よりの証拠。この前上演した『シンデレラ』でも私を含めて4キャストあったけど、それぞれいろいろな解釈をして踊った。でもケネスの作品だとアシュ トンほど演技内容を変えることは難しいし、何せ彼の頭の中ではどう動けば女らしく見せるかがわかっていたからそれ以上によくする方法なんて見つからない。 私たちの意見を上乗せする形で役作りをしていった。」と、話している。

それぞれ二人の振付家が違う考えをもってながらも、この二人の考えがロイヤル・スタイルの下地を敷いていることがバッセルのインタビューでわかった。そして1990年代に入るまで(アシュトン、マクミランの生前)は、それがまさにロイヤル・スタイルであった。しかし、現在モダン作品の割合が増えてきはじめ、それらによって今までのロイヤル・スタイルが変わってきているのではないかと思う。というのは、1990年代に入ってからウィリアム・フォーサイスやアシュレイ・ペイジをはじめとする新しい振付家たちによるモダン作品の影響が少なからずとも表面に出てきていると思えるからだ。

まず第一に、近年ロイヤル・バレエ団の中のダンサーで、モダン作品を得意とするダンサーが増え始めているということだ。人には得手不得手があるものだ が、観客やロイヤルのファンの間で時折「クラシック・バレエを中心としたバレエ団にモダンしか踊れないようなダンサーが必要か。」と、いう話しを聞く。も う一つは、近年新作の中にモダン作品の割合が異常に増えていることがあげられる。この二つの問題は関連しているが、モダン作品の上演はバレエ団の活気を維 持するのには必要不可欠なものである。いくら古典作品を上演し続けても、新しい話題がなければ観客に飽きられてしまう。しかしバレエ団の設立の目的に反す るような程、モダン作品を上演して良いのであろうか。

ロイヤル・バレエの舞台を見ていて最近思うのは、モダン作品が踊れないダンサーと、明らかに古典作品が得意でないダンサーがごくまれに目につくことがあ る。モダン作品が踊れないダンサーはともかくとして、古典作品が不得意なのはダンサーとしてバレエを踊るのは難しいと言われている。そして古典作品の不得 意なダンサーは振付活動をすることが多い。今現在振付活動をしているアシュレイ・ペイジ、ウィリアム・タケット、トム・サップスフォード達だ。彼らは確か に古典作品を踊ることに関しては得意ではない。しかし、古典作品の知識、いわゆるクラシックの知識の理解はそうとう深い、でなければ振付活動をすることは 不可能と言って良いほど、どんな作品を創るにせよ古典作品との関わりは深いものなのだ。しかし、彼らはどの新作もモダン作品のみである。そして全幕物では なく小作品であり、そのほとんどはテーマは有るもののストーリーはゼロと言って良いほどないに等しい。

ところが、アシュトンとマクミランがいなくなった現在のロイヤル・バレエは、バレエ団の命とも言える振付家による新作の力が表面化してこないのだ。イン タビューの中にも何人かペイジやタケットの作品が好きな人でも、「彼らの作品のステップは、クラシックとは全然違っていておもしろい。けどあまりモダン作 品が多いのは困る。それだけアシュトン、マクミランの良い作品が上演する機会がなくなってしまうから。」と、答えている。上演する機会が多ければ多いほ ど、ダンサーへの影響は出てくる。大きなカンパニー(バレエ団)だからこそなかなか役が回ってこないとは言うものの、カンパニーとしてはモダンに向いてい るダンサーをわざわざ古典作品には起用したくはないであろう。そうなると、お互い微妙にスタイルが違う中ロイヤル・スタイルにも影響が生じてしまうのではないか。

何人かのダンサーの意見として大きく分けて二つの意見が出てきた。一つは、一部のダンサーは(その多くは、プリンシパル)モダンもクラシックも程よく両 立して踊っていること。もう一つは、なかなかキャストされない人のためにモダン作品にキャストされる機会が多く、新人ダンサーの活躍の場として利用されて いる現状である。今現在ロイヤル・バレエのプリンシパル・ダンサーは13人、その全員が完璧とまでは言わないがある程度のモダン作品を踊っている。しか し、プリンシパル候補または実力がありながら今一歩のところで昇格できないダンサーがいる。それらの人達は、モダン作品又は古典作品をある程度踊りこなす ことができないために昇格できないという理由がある。また、現実問題としてはオペラ・ハウス改築のために財政難になっていることもあるだろう。

ちなみに芸術監督のアンソニー・ダウエルが現役で踊っていたころには、20人を越すプリンシパルが活躍していた。それは一言に言ってしまえば、アシュトン のダンサーとマクミランのダンサーがいたからである。それぞれの好みのダンサーを起用していった結果、振付家専属のダンサーが出てきたのだ。それぞれのダ ンサーの特徴を生かし、良い部分だけ十二分に引き出し作品を創っていた時代だったのだ。(98年2月に付け足し)

これらのことが起こるとどうなるかと言うと、カンパニーとしては作品の評判を少しでも良くするためにモダン作品を得意とするダンサーを起用し、本来のアシュトンとマクミランがつくりあげたロイヤル・スタイルを踊るより、モダン作品のスタイルが体にしみついてくる。他のプリンシパル・ダンサーが今までのロイヤル・スタイルに、ウィリアム・フォーサイスやトワイラ・サープなどによる、新しい振付家によるスタイルが程よく混ざり、この先の新たなロイヤル・スタイルをつくりあげていくであろう。これによって、バレエ団の中に二つの新しいロイヤル・スタイルが出てきてしまうのではないだろうか。

現在のロイヤル・スタイルは、この二つのスタイルが入り乱れようとしているところであると思う。これによって今までアシュトンとマクミランによってつくりあげられたロイヤル・スタイルの伝統が、途切れてしまうのではないかと、周囲の不安が見られる。

古くはチェケッティ派の教えを中心に、アシュトン、マクミランの二人の偉大なる振付家が築き上げてきたロイヤル・スタイル、 創立者ド・ヴァロワの思いでもあるイギリスのクラシック・バレエ団づくりが、モダン作品の影響がだんだん大きくなってしまうことにより、彼らの意思が伝 わっていなくなっている。そんな中、1996、97年と二年連続でロイヤル・バレエに振付をしているトワイラ・サープ、現在バーミンガム・ロイヤル・バレ エの芸術監督を務めているデヴィット・ビントリーがどれだけアシュトン、マクミランに続く作品を生み出していくかによって、英国人好の真のロイヤル・スタイルが完成するのではないだろうか。

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